鬼や名刀の話が続いたので、今度はぐっと古い時代へ。奈良に平城京が置かれていたのとほぼ同じころ、大山のふもとには、もう立派なお寺が建っていました。場所は伯耆町の大殿(おおとの)地区。いまの福樹寺の敷地のあたりです。
白鳳の時代に、ここに伽藍があった
発掘調査で、塔の心礎(しんそ=塔の柱を据える礎石)や、仏堂・回廊の跡が見つかっています。時代は白鳳時代、7世紀後半。これは「奈良の都とほぼ同じ時代に、大山のふもとにこれだけの伽藍を建てられる勢力がいた」ということです。地方の豪族に、それだけの力があった証拠なんですね。
地名の「大殿」も、なんだか大きな建物があったことを思わせます。
石のシャチホコは、全国で三つだけ
このお寺の跡から出土したのが、石製鴟尾(せきせいしび)です。
鴟尾というのは、お寺の屋根の両端にのっている飾りのこと。火災よけのまじないで、のちのお城のシャチホコの始祖にあたります。たいていは瓦でできているのですが、ここのものは石を削って作られている。高さは約1メートル、幅45センチ、ひれが10段。国の重要文化財に指定されています。
そして驚くのが、石でできた鴟尾の現存例は、全国でたった3つしかないこと。群馬の山王廃寺跡に2つ、そしてここ大寺廃寺に1つ。伯耆町が「鴟尾の里」を名乗るのは、これが理由です。
歩いて見るなら
- 大寺廃寺跡 — 心礎などの跡が残ります。場所は地図から
- 同じく町の文化財として、日野川右岸には矢田貝家住宅(国登録有形文化財。地主・醸造業を営んだ旧家)もあります。古いものをめぐる一日にするのもよさそうです
うさぎのひとこと:お城のてっぺんで光ってるシャチホコ、あのご先祖さまがこんな近くにいたなんて。しかも石。重たかっただろうなぁ。
参考文献:
- 伯耆町観光サイト「大寺廃寺の心礎・石製鴟尾」
- とっとり文化財ナビ「石製鴟尾」
- ※年代・指定区分は公開資料に基づく史実です